入社してまだ3ヶ月と満たない赤川は、そのいかつい身なりを潜めるようにして工房の中を動き回る。そしてよく転ぶ。「ものすごいマイペース人間!」これがデッチ仲間が口を揃えて言う、赤川の素顔。のんびり屋でひとつのことに夢中になるタイプの彼は、決して器用とは言えないかもしれない。けれども真面目すぎるほど生真面目で一生懸命な彼の仕事に対する姿勢からは、憧れだけではやってゆけないこの「職人」という世界を選んだ彼なりの想いが伝わってくる。

どうして職人という道を選んだの?という問いに、「自分のこの手を生かせる職業、最終的にもの作りで自立できるような暮らしをしたいとずっと思ってて、それが職人という道だと。とにかく、ものを作る人になりたかったんです」と、この年齢にしては珍しくしっかりと先を見据えた将来像を、照れずに淡々とした口調で話してくれる今の赤川に、迷いは無いようだ。 
職人としての仕事を終えた後工房に残り、慣れない手つきでこつこつと作業を進める赤川の姿がある。手元をのぞいてみると、ヌメ革のLファスナー(?)らしき財布を作っているようだ。細工され丁寧に切り抜かれた革素材から、着物の柄のような布地が見え隠れしている凝った作り……ここから赤川の意外な一面が発覚することとなる。

何を隠そう彼の特技は「切り絵」。意外にも、繊細な趣味を持つ青年なのだ。その特技を生かした個性的な財布を、友人のために製作中。赤川は以前から自分でも鞄作りをしていたそうなのだが、とは言ってもまだ工房の大きなミシンを触ったことがない。パーツを実際にかたちにまとめる作業はベテランの福田に助けてもらい、四苦八苦しながらようやく仕上げた。「自分が今までやってたのは、ままごとだったんだなぁって、思い知らされてますよ」と、自分の無力さを改めて知り、寝ても覚めても日々それを噛みしめている。

つい先日、赤川がミスをしたまま進めてしまった作業を先輩デッチである玉川が途中で気付き、それをさり気なくカバーしてくれたという。「ここには職人同士の中で、お互いが助け合う関係があたりまえのようにあるんです。だからその周りのムードに、自分も応えたいって気持ちに自然となってます」。技術的な面だけでなく、赤川は職人としての精神的な部分をも吸収し始めている。きっと先輩デッチの玉川も、新人時代に同じように先輩に助けてもらったのだろう。そして赤川もまた、まだ見ぬ後輩たちに同じように引き継いでゆくのだろう。ずっとずっと先へと続いてゆく土屋鞄製造所の職人たちの輪が、また少し大きくなった。

「僕は仕事がすごく遅いから、早く先輩職人たちの流れに追いつきたい。それが目の前の目標。時間をかければ何だって誰にでもできるけど、それを早く正確にこなしてゆくのが職人だと思うから」。真っさらで、真っ直ぐな赤川がこれから目にし、聞き、知ることは、着実に彼の血や肉となり、職人としての彼をかたち作ってゆくに違いない。マイペース人間の赤川が今、その殻を破ろうとしている。

赤川への応援メッセージをお待ちしています!
info@tsuchiya-kaban.com
文章/橋本恵